東京地方裁判所 昭和42年(ワ)10879号 判決 1969年4月18日
理由
一 請求原因一の事実は当事者間に争いがなく、同二の事実のうち昭和四二年七月六日本件債権差押および転付命令正本が被告に送達されたことも当事者間に争いがなく、《証拠》によるとその余の事実も全て認められ右認定を左右する証拠はない。
二 しかるところ原告は被告が昭和三九年一〇月三日その引受に係る株式の払込をなしたことを目認し、右はいわゆる「見せ金」による仮装の払込であるから被告にはなお本件株式の払込義務がある旨主張し争いがあるので判断するに、《証拠》によると、訴外会社は新会社設立の翌日である昭和三九年一〇月四日には払込株式総額金四〇〇万円のうち金三、五〇四、〇〇〇円を払込取扱銀行訴外八十二銀行松本南支店から引出していること、また《証拠》によると右同日同支店は被告松本営業所より金二五〇万円の送金依頼を受けこれを訴外三和銀行銀座支店宛で受取人を被告会社として送金していることがそれぞれ認められ、右認定の事実によれば右払戻金三、五〇四、〇〇〇円のうちから右二五〇万円の送金がなされ、従つて被告に対して株式払込時に払込金の返還が約されていたものとの疑いを容れる余地が充分にある。
しかしながら右送金のなされるに至つた経過について検討するに、《証拠》を総合すると次の事実が認められる。即ち、被告は金二五〇万円の株式を引受けたのであるが、引受株式の払込については昭和三六年一〇月二日訴外住友銀行銀座支店の被告預金口座から金一一〇万円、訴外第一銀行西銀座支店の被告預金口座から金五五万円を払戻してこれを訴外八十二銀行東京支店に振込んで同銀行松本南支店に送金し、さらに残額金八五万円は松本営業所に指示し送金の手数を省き当時同営業所が保管していた現金(東京本社に送金すべき売掛金の入金)および当座預金等から金八五万円をもつて右払込金に当られた。
ところで被告は松本市に松本営業所を設けていたが、同営業所は経理面ではこれを分離し東京本社の補助勘定簿に松本営業所勘定なる勘定科目を設け、松本営業所分として投入された資本とその回収関係を記載して同営業所における業績の明確化を図つていたが、昭和三六年七月頃同営業所を被告の事実上の子会社として独立させることとなつた。そして被告外十数名が発起人となり当時同営業所長であつた訴外塚田久利が発起人総代として主に新会社設立事務を掌理していたのであるが、右塚田と被告間においては同営業所に存在する商品、備品、什器等の資産は新会社設立後これに有償譲渡するものとされ、同年一〇月四日右譲渡の代金の一部として金二五〇万円が新設会社から被告の松本営業所に支払われ前述のとおり同営業所から被告に送金された。以上の事実が認められ右認定を左右できる証拠はない。
してみれば、右金二五〇万円は松本営業所の什器備品在庫商品等の譲渡代金の一部として支払われたものであるから、右金員が払込金の返還としてなされたものであるとの原告の主張は採用し得ない。
しからば被告の本件株式払込は「見せ金」による無効のものだとする原告の主張は他に主張立証なき本件においてはこれを認めるに足りず採用できない。
三 よつて原告の被告に対する本訴請求は理由がないからこれを棄却。